いのちと健康を守る「架け橋」に いのちと健康を守る「架け橋」に

事務局日誌

2020年2月12日

「無差別・平等」と健康権

  北海道勤医協芦別平和診療所所長 堀毛清史氏「健康権を掲げ、SVSにとりくむ—無差別平等の地域包括ケアの実践」(『民医連医療』2019年10月号)が、わかりやすく手短に「無差別・平等」や健康権についての考え方を書いておられたので、紹介します。(タイトル以外はすべて引用)
  この引用元の記事には具体的な経験やエピソードについても言及してありますので、可能な方はぜひ記事そのものをお読みください。

 

 

「無差別・平等」とは同じことではないのですか?

  …私は綱領改定にプロジェクトチームの一員としてかかわっていました。ある県連の学習会に行くと、質問が出た。

「『無差別』と『平等』という同じような言葉を真ん中で『・』でつないで、これはどっちかではダメなのですか?」。

このことは一定議論もしていましたので、私は

「『無差別』は現にある差別に対する怒り、それを許さない態度をあらわし、『平等』は未来に向かって誰もが尊重される社会をめざす決意を示したものです。それでこの2つをセットで私たちの基本姿勢として提案しております」

と答えました。そのあと「あっ、ちょっといいこと言ったな」と自分で思って、後日、全日本民医連の理事会で報告しました。「無差別・平等」とはこういうイメージでつかっている言葉で、民医連の位置付けとして最も大事な文章の1つになっていると思います。

 

健康権を守る視点

  …一番根底にあるのは「健康権」だと考えます。
 北海道は数年に1回、ものすごい雪が降ります。思い出すのは、いまから10年以上前、北見で一晩で2階の窓が隠れるほどの大雪が降ったことがあった。…
 

 看護学校や医学部で雪はねの技術や雪と健康のかかわりについて教えるかといったら、そんなことは教えません。ですが、健康権の考え方でいくと、「雪でも、その人の健康を害する恐れがあれば雪かきをする」ということです。それは誰がやってもいい。看護師や医師でなくても、自治体に頼んでやってもらっても構わない。だけど誰かが援助をして健康阻害因子を取り除こうとする――これが健康権の最も基本的な考えだと私は思います。

 

 健康権は、全日本民医連第40回総会方針で「すべての人々が、到達可能な最高水準の身体的、精神的健康を享受する権利」として提起をされました。これは「国際人権規約」、国連で決めた第12条にその元となる文があります。「国際人権規約」というのは日本も締約国なので、総理大臣として安倍さんはこのことを守らなくてはいけない立場にあるわけですね。健康権は「健康である権利」ではなくて「到達可能な最高水準の健康を享受する権利」です。その時代の、その国の、その地域の最高水準の医学、医療、環境整備を保障していくという考え方になるわけです。
 

PVSとSVS…フィジカル・バイタルサインとソーシャル・バイタルサイン

   診療場面では必ずバイタルサインをチェックしますが、これは言わばフィジカル・バイタルサイン(Physical Vital Sign)「生きている証」のことで、「医療における生体情報とくに生命兆候を意味する」ものです。
   それに対し、提案したいのはソーシャル・バイタルサイン(SVS:Social Vital Sign)です。
   これは、私の造語ですが、「人間らしく生活している証」として「人間は社会的存在であり、その状況に関する情報、兆候を示す」ものです。具体的には、

①食生活:摂食は必要十分か、
②住居:健康に暮らすのに適切か、
③ライフライン:水道、ガス、電気、下水道、情報(新聞、テレビ)、
④社会的基盤:医療、介護、自治体、福祉(ヘルパーなど)、
⑤人間関係:独居か否か、家族、隣近所、町内会、老人クラブ、

などがあげられます。 

…健康権は、SDHにより科学となり、SVSにより実践課題となる、そんな役割を果たしてくれることを期待しています。