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みつばち薬局紫野ブログ

2019年10月15日

新人研修発表:糖尿病患者へのβブロッカー投与による低血糖症状のマスクについて

この記事は、旧サイトの学術発表の同タイトルのページ(2004年)を転載したものです。

※第28回全日本民医連糖尿病シンポジウム(2004年11月26日、27日 山口県宇部市)で発表しました

みつばち薬局待鳳店 倉田美保

1.はじめに

現代社会において、糖尿病や高血圧、高脂血症といった生活習慣病の増加が大きな問題となっている。生活習慣病は慢性疾患であり、病態が進行すると複数の病状を伴う合併症を引き起こす。このような合併症を罹患してしまうと、当然ながらそれぞれの疾患に対して複数の薬剤を服用することとなり、それら薬剤の主作用、副作用もまた病態に大きな影響を与えると考えられる。そこで、今回私は高血圧と糖尿病を併発し、それぞれ内服治療を行っているにもかかわらず血糖値の急激な変動により頻回に低血糖症状を引き起こしている患者に注目した。この患者は現在降圧剤、血糖降下剤に加えてインスリン注射を行っており、先日薬局にて急激な血糖降下により低血糖症状を引き起こした。そこで、この症状の原因を投与薬剤の面から考えたところ、数ヶ月前から投与開始されたβブロッカーが浮かび上がってきた。全てのβブロッカーに共通して「血糖コントロール不良の患者に投与する際、低血糖の初期症状をマスクする可能性がある」と添付文書に記載されている。以上より、βブロッカーの作用機序や患者の背景を踏まえて調査したことを報告する。



2.糖尿病とは

   糖尿病はインスリン作用不足によって生じる全身の代謝異常で、慢性の高血糖を主徴とする疾患群である。代謝異常が高度であれば口渇、多飲、多尿といった症状をきたすが、通常特異的自覚症状はない。糖尿病の判定基準は空腹時血糖値が126mg/dL以上、75g糖負荷試験2時間血糖値が200mg/dL以上とされていて、いずれかを満たすものを糖尿病型としている。糖尿病初診時の治療の基本的な流れは、食事療法、運動療法を取り入れ、ストレス管理も含めた生活改善を行うことから始まる。これを3ヶ月行ってなおHbA1c値が6.5%以上であれば、血糖経口降下薬を開始する。治療上の指標は、症状の消失、空腹時血糖値100~140mg/dL、食後2時間値が200mg/dL未満、午前3時が70mg/dL以上(低血糖の予防)、HbA1cでは少なくとも7%以下、できれば6.5%未満に維持、?血圧130/85mmHg以下を維持する、などである。なお、これらの目標値は患者の年齢および病態を考慮しつつ設定される。



3.βブロッカーとは

大規模な臨床比較試験成績でも、症状の進展していない高血圧患者に対してβブロッカーを用いた場合、心血管疾患合併症の罹患率や死亡率を減少させることが知られているので、積極的に用いてよいが、心、腎機能低下作用、中性脂肪増加作用、HDLの低下作用のほか、インスリン感受性も悪化させることなど、多彩な特徴があるため、合併症などをよく考慮したうえで用いられる。
内因性交感神経刺激作用(ISA)を有するβブロッカーは交感神経刺激作用を有しており、心収縮力、心拍数増加、もしくは気管支拡張作用を示す。これらの反応は高濃度で初めて見られる現象であり、通常の使用量ではβ遮断薬作用に覆われ、出現しない。しかし、例えば心拍数についてはISAを有するものではこれのないものに比べて薬剤投与によっても徐脈となることが緩やかである。またISAを有さないものでは、脂質代謝に悪影響を与えるほか、低血糖症状の隠蔽作用、血糖低下遷延作用があるので糖尿病治療中の患者では十分注意しなければならない。



4.低血糖マスクの作用機序

カテコールアミンのβ2受容体を介する糖代謝に関する作用として、膵臓におけるインスリン分泌促進、グルカゴン分泌促進、骨格筋でのグリコーゲン分解促進、肝臓でのグリコーゲン分解促進と糖代謝促進があるとされている。
低血糖時には生体防御機構として反射性に交感神経系が亢進し、カテコールアミンが放出され、筋グリコーゲン分解による血糖動員が速やかに行われることで血糖値は正常レベルにまで回復することができる。しかし、βブロッカー投与時には、β2遮断作用により、筋グリコーゲン分解により代謝される血糖動員が行われず、カテコールアミン分泌も抑制されるため、生体防御機構が働かなくなり、低血糖からの回復を遅延させる可能性がある。また、低血糖による交感神経亢進状態の代表的は身体症状である、β1受容体を介した頻脈、β2受容体を介した振戦、発汗などの症状をマスクする可能性が考えられ、このため低血糖の発見が遅れることになってしまう。



5.患者背景、既往歴

■ 患者Aさん 80才女性
■■40才頃から 体がだるく、しんどい ←これをきっかけに受診、高血糖発覚
■■60才頃から 血糖降下剤服用開始
■■72才頃から インスリン注射開始

既往歴:狭心症、高血圧症、糖尿病
嗜好品:アルコール(-)、タバコ(-)、コーヒー(+)
副作用歴:エースコール服用で咳(+)、タケプロン服用で湿疹(+)、アンプラーク服用で胃部不快感(+)

■ 処方内容と経過
H15以前 血糖コントロール不良により何度も低血糖を起こしている
H15.1現在

  • アムロジン(2.5) 2錠
  • バファリン81 1錠  分一朝食後服用
  • フランドル(20) 4錠
  • チザノンカプセル(150) 2Cap  分二朝夕食後服用
  • グリコラン(250) 3錠  分三毎食前服用
  • ダオニール(2.5) 0.5錠  分一朝食直前服用
  • イノレット30R注
  • ニトロダームTTS

H15.3  低血糖症状あり
H15.5  低血糖症状あり
H15.8  食事遅れると低血糖症状あり
H15.9  血圧上昇のため、サンドノーム(1) 0.25錠服用開始
H15.10.2  低血糖症状あり
H15.10.14  低血糖症状のため、ダオニール(2.5) 0.5錠抜薬
H15.12  血糖コントロール不良のため、ベイスン(0.2) 2錠 分二朝夕食直前服用開始
H16.1  AM4:00  自宅にて発汗(+)
H16.1  AM4:00  ブドウ糖摂取される。
H16.1  AM4:00  前日の食事量は普通。朝食(-)。
H16.1  AM4:00  来院 血糖値194mg/dL
H16.1  AM4:00  昼食摂取を条件に30Rを10U(半単位)指示(AM11:30)
H16.1  PM1:30 糖尿病外来受診 血糖値246mg/dL。一旦帰宅される。
H16.1  PM2:30 薬局来局 気分不良、冷や汗(+) 血糖値56mg/dL
H16.1  PM2:30 ブドウ糖10g摂取後も60mg/dLまでしか上がらず、
H16.1  PM2:30 診療所にてソルデム3 200mL、50%ツッカー 20mL点滴。
H16.1  PM2:30 血糖値74mg/dLにとどまる。
H16.1  PM2:30 緊急入院となる。



6.考察

糖尿病患者にβブロッカーを投与すると、耐糖能に異常が生じ、低血糖が生じても症状が現れにくくなるため低血糖発作が遷延化する危険がある。一部の総説には糖尿病でのβブロッカーの使用を相対的禁忌と記すものもあるが、例えば心筋梗塞におけるβブロッカーと利尿剤併用時の心事故予防効果は糖尿病を有するものでも同様に認められ、むしろこの合併例で心事故予防効果がより強いとする報告が多い。よって、糖尿病患者にβブロッカーが処方されることも場合によっては起こり得ると考えられる。
当事例において通常低血糖時には頻脈傾向に陥ると考えられるが、今回の低血糖発作時には急激な血糖降下が起きているにもかかわらず脈拍に大きな変動は観察されていない。この脈拍値に信頼性があるとすれば、低血糖の前駆症状をマスクしていたと推測できる。また発作時にすぐにブドウ糖摂取を行っても、なかなか血糖値が上がらなかったことから、βブロッカーにより低血糖からの回復が遅れた可能性も考えられる。しかし発作時の患者背景として少し前から風邪気味で食欲もやや低下、ここ数日下痢、倦怠感などの症状が見られていたことも踏まえて主治医は体調不良による血糖値低下、インスリン注射のタイミング不一致の可能性を挙げている。しかしながら今回の急激な低血糖発作の直接的な原因は不明のままである。それならば、なんとか血糖値が急激に下がる前になんらかの症状や検査値などで症状悪化を見つけ出す方法はないものかと調べたところ、事例も少なく、現在のところ血糖値をモニタリングすることでしか予測は難しいとのことであった。
今回の報告では、事例もひとつと少ないことからもβブロッカーを服用することで低血糖症状をマスクしているとの肯定はできない。しかし、私は薬剤師としてこのような副作用の可能性を伝え、患者自身がわずかな体調変化に異変を感じるように細かな服薬指導を行っていくことで安心安全の医療に関わっていけるのではないかと考える。



シンポジュウムに参加して

糖尿病という疾病を中心に多職種の方々が集まる学会で多くの刺激を受けました。調剤薬局の中にいるとどうしても薬剤にばかり目がいってしまいますが、糖尿病を含めた生活習慣病の治療というのはカウンター越しの指導に終わるのではなく、まさに人に目を向け、患者さんの生活に入り込むくらいの勢いが必要と実感しました。今は患者さん中心の医療ではなく、患者さんをチームの一員として捉えて自身が治療に加わる意識を持てるような治療が行われるべきではと感じました。

内因性交感神経刺激作用:交感神経にあるβ受容体に結合して、交感神経の働きを抑制する作用がある薬が、β受容体を刺激して、交感神経を活性化する作用のことです。交感神経とは、自律性神経の一つで、体内の環境を一定に維持するために、無意識のうちに心拍数の増加、血管の収縮の促進、または胃や腸の働きの抑制などの働きがある神経です。
(公益財団法人日本医療機能評価機構の「医学用語ヘルプ」より)
https://minds.jcqhc.or.jp/n/pub/10/pub0019/T0009605

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