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2019年7月26日

ふるさとって呼んでもいいですか?—定住外国人と医療

本部の事務員Yです。

先日、「薬局の無料定額診療事業と国会での議論」で触れた、ナディ『ふるさとって呼んでもいいですか—6歳で「移民」になった私の物語』(2019年、大月書店)について、もう少し紹介して考えてみたいと思います。(書籍画像には出版社へのリンクが付けてあります。クリックすると別画面で現れます。)



ナディさん一家は、ナディさんが6歳、弟が5歳と1歳のときに両親と一緒にイランから日本に「出稼ぎ」に来ました。イランは1980年代のイラクとの戦争が終わったばかりで、多くのイラン人が経済が不安定なイランより日本で数年働くことを考えたそうです。日本とイランは当時はビザ相互免除協定を締結していて、日本への出入国に際してビザがいらなかったことや、日本の良好な経済状態についての話が広まったことから、日本へ渡航し、職を見つけ居住するイラン人が少なくなかったのだそうです。戦争孤児のサヘル・ローズさんもこの頃日本に来ておられます。
ナディさんやその弟たちにしてもサヘルさんにしても、就学前に日本に来た外国の子どもたちは苦労したことと思います。


(サヘルさんの来し方についてはインターネットでも読むことができます。たとえば、こちら





どうして日本に働きに来るのか?

どうして日本に外国人が働きに来るのでしょうか。『ふるさとって…』の解説で弁護士の山口さんは次のように述べています。

(国によって50倍もの)格差があるなか、貧しい国からは毎年何百万人もの人々が国境を超えて移動します。彼らは親の治療費を稼ぐため、あるいは子どもの学費を払うため…。豊かな国の側も、自分の国では十分にまかなうことのできない働き手を外国人労働者に頼ろうとします。

日本では、1980年代後半の好景気の頃…、不足した働き手を補うために、アジア諸国を中心におおぜいの外国人労働者が来るようになりました。(日本はそれを許し・求めたという事情があります。)

90年代、不況が長引くと、企業は人件費を抑えるため、南米から来た日系人やその家族を、おおぜい工場で働かせるようになりました。…こうして在留資格ののない外国人は必然的に生まれるのです。

日本では在留資格のない外国人労働者であっても、必要だから・人件費が安いからと就労させて、いちいち全員をつかまえては本国に送り返すということはしてこなかったのだそうです。



ナディさん一家も来日まもなく在留資格のない外国人家族となり、さまざまな困難に直面することになりました。1歳、5歳、6歳の子を抱えて、言葉もわからない国で在留資格のない状況で生きていかねばならない若い夫婦の苦労もはかり知れないほどであったろうと思います。
詳しくは本書に譲りますので、ぜひ買って読んでください。この本は日本にいる外国人も読みやすいように、すべての漢字によみがなが振ってあります。



ナディさんの医療上の困難

さて、京都コムファは保険調剤薬局なので、ナディさんの「困難」のうち医療についてだけ紹介したいと思います。

ナディさん一家は「不法滞在」状態になってしまい、健康保険に加入することができませんでした。

ナディさんは友だちと遊んでいるとき足首を捻挫してしまいました。あまりの痛さに医療を受けたのですが、4000円の費用がかかったといいます(今読めば、安く済んだような気もしますが)。ナディさん一家には大きな出費でした。翌日も接骨院に来るよう言われたのですが、お金のことが気になって行きませんでした。
数カ月後、反対の足首も捻挫してしまい、一回だけお医者さんに行っきましたが、通院はしませんでした。ところが数日後にまた転んでしまいましたが、前にもまして激痛でした。(痛いけど、でも、もうお医者さんには行けないや…。どうせまたすぐ治るよね!) でもよくならないで、足はパンパンに腫れてしまい、病院に連れて行かれると

「足の骨にヒビが入っています。どうしてもっと早くこなかったの? ふつうがまんできないよね?」」

とお医者さんに言われたそうです。
ナディさんたちは病院に行くのを避けていたのですが、指を骨折した友達の病院の支払いが300円だったり、風を引いて耳鼻科に行ったりできることが心底うらやましかったそうです。

「耳鼻科ってどんな病院なんだろう、いいなぁ」。
虫歯の治療も高額なので治療の途中で行かないようにしたそうです。

学校行事で「保険証のコピー」がいるときも「忘れた」ことにしていたそうです。保険証がないことが恥ずかしくていつも隠してごまかしていたそうです。

 

ナディさんは幸い中学にも行くことができました。
中学の階段で転んで右膝を痛めてしまい、このときは病院に連れて行かれたのですが、通院はしませんでした。中3になって、あまりに痛みがひどくなったため、診察費が安い接骨院へ連れて行ってもらったところ、
「おーい、ちょっとこっちに来てごらん」
と、研修生のような人たちを呼び、
「靭帯が切れているのがよくわかるよね。ふつうは、ここまで上がらないんだよ」
と教えたそうです。
「右膝は40代半ばくらい、左膝は30代くらいになってるね」
——「15歳の私はそう言われて、泣きそうになってしまいました」。



外国人労働者の受け入れ、今後と外国人の権利

日本は今後5年間で34万5千人もの外国人労働者を受け入れると言います。(改正入管法、課題残し施行へ 外国人就労拡大、最大34万人 京都新聞、2019/4/1)
これに伴っても・伴わなくても、真面目に働いて、日本に定住しているが法律上は在留する資格のない外国籍の人がいますし、増えてくる可能性もあります。伴ってきてはいけない家族を放っておけず、連れてくることもあるでしょう。
かつて、日本もハワイや南米やに出稼ぎや移民で出ていきました。現地では無権利のひどい状態での労働が待っていたところも少なくありませんでした。
外国人労働者は外国人だから、彼らの権利の制限は当然、と考える人が少なくないようですが、外国人労働者にも権利があります。労働者としての権利、基本的人連、医療を受ける権利。給料も不当な差をつけてはいけません。消費税を払って生活するのだし、会社の保険に入れば、年金保険料も払います。そうすると税金や保険料は取るが、その使いみちや受け取る権利はどうするのか、など解決しておかねばならない課題がたくさんあります。

 

追記:Twitter でコメントをいただきました。




外国人労働者などについて、詳しくは内藤正典氏『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(2019年、集英社)などをお読みください。わたくしも今、読み進めているところです。