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新人研修発表:
アルコール依存症におけるシアナマイド療法

 

                    みつばち薬局待鳳店 中尾秋実

〔1〕はじめに

 アルコール依存症は全身の臓器や精神面に影響を起こし社会問題になっている。治療には断酒療法と節酒療法があるが指導を行ってもすぐに患者が納得することは少なく、長期にわたって辛抱強く対応する必要がある。このような理由から患者が飲酒の利益と損失について正確に天秤にかけて、正確に判断できるためには医療スタッフは大きな援助を提供する必要がある。
 本事例は在宅訪問指導活動のなかで断酒療法がうまくいかなかった例を
 ・ 患者の背景、問題点
 ・ アルコール依存症から回避できない要因
 ・ シアナマイド療法を成功するためには
 ・ 医療スタッフとしてこれからどのように関与すべきか
について薬剤師の観点から考えたので報告する。

患者情報:63歳 男性 独居(元和菓子職人)
     【疾患】高血圧、腎機能障害、慢性膵炎、慢性肝炎、糖尿病、脳出血後左片麻痺。
     【背景・利用サービス】歩行困難で車椅子使用。在宅訪問、栄養管理指導、薬剤管理指導、デイサービス利用。
       投薬はヘルパーが行う。(朝・夕)
処方状況:シアナマイド液―Wf  10ml 1日 2回 朝夕食後
     ガスター20mg     1錠  1日 1回 夕食後

 

臨床経過  
不明 脳出血で左片麻痺に。飲酒により失禁を繰り返し、罵声を浴びせて酒を要求するようになる。シアナマイド2〜3mlから開始になる。
H12.5 飲酒により入院になる。退院後、患者は施設に入らず独居で治療をすることを希望する。「酒は麻薬みたいで今でも飲みたくなる」が「前の体にもどりたくない」との飲酒による葛藤続く。
H12.9 深酒(5〜6合ほど)し失禁を繰り返すようになる。眩暈、嘔吐、食欲不振で入院になる
H12.11 退院後、再び飲酒する。シアナマイド7〜8mlに増量になる。
患者は「入院時では飲まないでいられるが一人になると飲んでしまう。健康的な生活を送りたいので、飲酒に対して厳しく対応してほしい。」と断酒を決意。
H12.12 たびたび飲酒を繰り返す。飲酒してもシアナマイドを服用するよう主治医の指示がでる。
H13.2 シアナマイド服用5時間後に、一合ほど服用可能になる。
飲酒していない。シアナマイドの服用なし。
H15.12.17  主治医往診時に飲酒。飲酒により患者の性格が攻撃的になる。
主治医、看護師、薬剤師、ヘルパー、ケアマネージャー、介護士を交えて患者未参加のケアカンファレンスを行う。
・ このまま治療を継続しても同じことを繰り返すので断酒は必須
・ 環境要因から独居では治療は困難である
・ これ以上患者が攻撃的になると治療が困難になる 
などの点から今度飲酒をすれば、入院もしくは転院になる方針で治療をすることになる。
患者はそのことについて承諾し飲酒しないことを約束する。
H15.12.18  再度飲酒。入院に。
(入院中はアルコール摂取せず、シアナマイドの服用なし。)
H16・1 退院当日に飲酒。医院・主治医ともに変更になる。その後の処方でシアナマイド20mlになっていたが急性アルコール中毒のリスクを考え中止になる。

〔2〕医薬品情報

  抗酒剤は、酒と併用した場合、通常よりも強い酩酊を生じ、顔面紅潮、発汗、心悸亢進、血圧低下、呼吸困難、悪心、嘔吐などを出現する薬剤でシアナミド(シアナマイド)とジスルフィラム(ノックビン)が現在使用されている。これらの薬剤はアルコールの代謝過程を阻害することにより効果を現す。アルコールの代謝は三つの段階に分けられるが、第一段階として、アルコールがアルコール脱水素酵素(ADH)によりアルデヒドへと、第二段階はアセトアルデヒドがアルデヒド脱水素酵素(ALDH)により 酢酸となる。第三段階は酢酸が水と二酸化炭素に分解される過程である。

 この過程のうちシアナミド、ジスルフィラムはALDHを阻害して、そのためにアルデヒドが蓄積し不快な症状をひきおこす。また、シアナマイドはアルコールの代謝過程を阻害するので耐性は現れないといわれているが、シアナマイド服用後飲酒を繰り返すと、過飲できるとの報告もある(Nemann's conditioning現象という。)。
 本事例で服用しているシアナマイドとジスルフィラムについての比較を下記の表に示す

  ジスルフィラム シアナミド
剤型 1g中に1,000mgを含む粉末剤 100ml中に1gを含む無色透明の水剤
投与量 1日0.1gから0.5gを1〜3回分割経口投与 1日5〜20mlを1〜2回分割経口投与
作用時間 投与12時間後ぐらいから6日ほど持続 投与5〜10分から12時間持続
効果的投与方法 最初の3日間は1日量1.0gその後1日0.5gで維持 朝10mlから30mlを家族の前で服用
薬理学的特徴 アルデヒド脱水素酵素の阻害 アルデヒド脱水素酵素の阻害
副作用 せん妄・錯乱・肝障害・発疹などの過敏症 頭痛・不眠・悪心・嘔吐・
 

〔3〕アルコールから回避できない要因

 アルコール依存の原因は一言でいうと「アルコールの飲み過ぎ」であるが「飲み過ぎ」の背景にある要因を知る必要がある。特に重要な要因として環境、性格特性、遺伝因子があげられる。
  本事例では、片麻痺で生活支援をうけていたが、患者はタクシーを使用すればアルコールを入手することが容易であり、また独居のため、たとえ断酒しても、回復を続けていく力を支援するパートナーや家族がいないため、断酒継続が極めて困難であった。また被害妄想的傾向があり人間関係のストレス、疲労感を解消するためにも、感情を落ち着けるためにもアルコールに頼るようになった。そして最大の原因として患者自身が治療を受け断酒するという意志の逃避と思われる。

〔4〕シアナマイド療法を成功させるためには

 アルコール依存症とは飲酒によって精神的、身体的、社会的に障害が生じた状態のことである。この治療の主体をなすものは精神療法であるが、それだけでは治療に困難があって、他にいくつかの治療法を組み合わせていくのが大切だと考えられる。この治療法の中で薬物療法はアルコール離脱症状と精神症状の治療を目的とするもので言い換えると精神的、身体的障害に対する治療ともいえる。本事例をもとに、薬物療法の中のアルコール離脱と抗酒剤について取りあげたいと思う。
 アルコール離脱症候群の薬物療法の第一選択としては、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や催眠剤などがあるが、それらのうちで依存性の比較的生じにくいうえに抗痙攣作用のあるジアゼパムやブロマゼパムがよく使われる。本事例では患者がアルコールを摂取していたためそれらの薬剤の作用増強する危険性があり服用していない。よって薬剤的な精神ケアが出来にくい環境であったといえる。
  抗酒剤による治療として本事例ではシアナマイドを使用しているが、患者自身の
断酒する意志の逃避がみられ、シアナマイド服用しているのにもかかわらず泥酔できる事実から、本当に服用していたかどうか疑わしい。またシアナマイドは無味・無臭のため水と替わっていても区別するのが困難な薬剤であり、判断するためには特別な試薬を必要とする。監視の下で作用時間が一週間続くジスルフィラムを服用する方法や投与量を増量する方法も考えられるが、あくまで抗酒剤は補助的手段であり、患者本人がアルコール依存症を克服するという意志が先決である。また、初期投与量を設定する飲酒試験を行っていなかったため、投与量が不適切である可能性があったことも問題である。このような点から患者は飲酒を繰り返しシアナマイド療法がうまくいかずに中止になったと思われる。
  今後、再びシアナマイド療法を行うのなら、患者の意志を明確にし、精神面でのケアについてのカンファレンスを充分にしてから行う必要があると感じた。もし環境的に不可能であれば、専門医による専門的な機関・施設で援助する方法も選択肢だと思う。

〔5〕医療スタッフとしてこれからどのようにして関与すべきか

  在宅訪問で患者とかかわって、「なぜ飲酒がやめられないのだろう?」と何度も感じた。しかし患者の飲酒を責めても、不信をぶつけてもきっと問題は解決しなかったと思う。医療スタッフが「またか」、「どうせ治らないから」と言った消極的な思いを持ち続ける限り患者の回復は望めないと思う。患者自身が立ち直ろうという気持ちになるよう医療スタッフとして、薬剤師として支援する必要がある。
 本事例がうまくいかなかった問題点として、多職種の情報が一本化されておらず治療方針が一致されていなかったことがあげられる。もっと早くからカンファレンスを行い、治療方針の一致をはかれば事態は変わっていたかもしれない。
 患者が次のステップに進むためには、今回のカンファレンスのように患者の生活歴、飲酒歴、病歴を聴取し本人の同意と希望を得ながら、治療計画を立てる必要がある。そのためには多職種のスタッフが、意見を出し合う場を積極的に作っていき、チーム医療を目指して連携していかなければならない。そうすることによって患者の臨床状態を正確に把握し、必要とされる治療を統合的に組み合わせ、治療方針の一致が得る必要があると思う。
本事例を通じて、薬剤師としてどう関わっていけるか、私自身よくわからない。そのことを考えることが、今後の課題ではないかと思う。

以上 

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